「あの頃のJ-POPの雰囲気を、自分でも作ってみたい」——そう思ってDAWを開いてみたものの、何から手をつければいいのかわからず手が止まってしまった経験はないでしょうか。1990年代のJ-POPには、現代の楽曲とは明らかに異なる独特の空気感があります。分厚いストリングス、うねるようなシンセリード、そしてドラマチックな転調。あのサウンドには、時代ならではの「音の作り方」と「楽曲構成の法則」が存在しています。

90s J-POPサウンドの再現に必要な要素を、DTMの観点から具体的に解説します。使用するDAWはCubaseを中心に説明しますが、考え方はどのDAWにも応用できます。BPMの設定から音色選び、コード進行、ミックスの処理まで、順を追って実践的な手順をご紹介します。
90s J-POPサウンドの特徴を構造から理解する
再現を始める前に、まず「何が90年代らしさを生み出しているのか」を整理しておきましょう。サウンドのなんとなくの雰囲気を真似るだけでは、どこか惜しい仕上がりになりがちです。構造から理解することで、再現精度が格段に上がります。
テンポとリズムパターンの傾向
90s J-POPのミディアムバラードは BPM 72〜88 付近に集中しています。一方、アップテンポのポップスでは BPM 128〜148 が多く、現代のEDP寄りのJ-POPより若干遅めの設定です。ドラムパターンの特徴としては、スネアが2拍・4拍に強く打ち込まれ、バスドラムが1拍目と3拍目の裏にも入る「裏打ち強調型」が多く見られます。また、ハイハットは8分音符刻みが基本で、16分音符の細かいシャッフルは少なめです。
リズムのグルーヴ感を出すために、現代のDTM制作ではクオンタイズを100%にせず、わずかにヒューマナイズをかける方法が有効です。Cubaseであれば「クオンタイズ強度」を80〜85%に設定し、ベロシティにも±5〜8程度のランダム差をつけると、当時の打ち込みサウンドに近い温かみが生まれます。
コード進行の鉄板パターン
90s J-POPで頻繁に使われるコード進行には、いくつかの定番があります。特に代表的なのが以下の3つです。
- 小室進行(Ⅵm→Ⅳ→Ⅰ→Ⅴ):サビに向かうエネルギーが強く、切なさと高揚感が同居する進行。ハ長調ならAm→F→C→G。
- カノン進行(Ⅰ→Ⅴ→Ⅵm→Ⅲm→Ⅳ→Ⅰ→Ⅳ→Ⅴ):安定感と流れやすさが特徴。バラードのAメロBメロに多用された。
- 「王道進行」(Ⅳ→Ⅴ→Ⅲm→Ⅵm):日本のポップスで最も親しみやすいとされる進行。サビの解放感を演出するのに適している。
これらの進行は現代でも使われますが、90年代の楽曲では転調の使い方に大きな特徴があります。サビ前やサビ2回目のリフレインで半音〜全音転調(セミトーン・モジュレーション)を行い、一気に感情を引き上げる手法が多用されていました。Cubaseのキーエディタでは、該当箇所から全ノートを半音上げるだけで同様の効果を得られます。
音色作りとサウンドデザインの具体的手順
90s J-POPのサウンドを決定づけるのは、コード進行よりも「音色の選択と重ね方」です。特定の音色が持つキャラクターが、聴き手に「あの時代」を想起させます。
シンセリードとパッドの選び方
90年代に実際のスタジオで使われていたシンセサイザーの代表格は、Roland JV-1080 や Korg TRINITY、Yamaha MOTIF シリーズの前身にあたる機材群です。現代のDAWで再現する場合、これらの音色に近いプリセットを持つソフトシンセを活用します。
具体的には以下のような音色が90s J-POPに頻出します。
- ストリングスパッド:アタックを遅め(100〜200ms)に設定し、高域を少し落としてリリースを長め(2〜3秒)にするとバンドアンサンブルに馴染むストリングスになる。
- ブラスセクション:サビの頭でユニゾンで入るブラスは、ベロシティを強め(100〜110)に設定。ピッチベンドで軽くブラスフォールを加えると生っぽさが出る。
- エレクトリックピアノ:Rhodes系の音色にコーラス(Rate 0.5Hz前後、Depth 30〜40%)をかけると、Aメロの伴奏として機能しやすい。
- シンセリード:「Saw Lead」や「Pulse Lead」をフィルターのカットオフ周波数(2〜4kHz)で調整し、レガートでメロディを弾く。
ベースラインの作り込み
90s J-POPのベースは、現代のEDM系と比べてフレーズに動きがある点が特徴です。単にルート音を叩くだけでなく、コードの5度や経過音を使ったランニングベースが多用されます。音域は主に E1〜G2 付近で動き、アタックはピック系よりも指弾き系のまろやかなトーンが主流でした。DAWで再現する際はフィンガーベース系のサンプル音源を選び、ベロシティを80〜100の間で変動させると自然なグルーヴになります。
古賀 稔宏(ギター・ウクレレ・DTM(Cubase)・作曲技法・音楽理論 講師)より:
私が実際にレッスンで生徒さんに伝えているのは、「音色を重ねる前に、まず各パートを1音ずつ単音でチェックする」という習慣です。90年代サウンドの再現でよくある失敗が、重ねた時に音が濁ること。特にストリングスとシンセパッドは帯域が被りやすく、200〜800Hzあたりをどちらかにカットするだけで一気にすっきりします。Cubaseのチャンネルストリップで確認しながら進めると分かりやすいですよ。
楽曲構成(アレンジ)の設計図を描く
90s J-POPのアレンジには、現代の楽曲と比べて「展開の明確さ」という特徴があります。イントロ→Aメロ→Bメロ→サビという構成が非常に明快で、各セクションの役割分担がはっきりしています。
セクションごとの長さと役割
| セクション | 一般的な小節数 | サウンドの役割 |
|---|---|---|
| イントロ | 8〜16小節 | 世界観の提示。シンセやピアノがメインメロディの断片を奏でることが多い |
| Aメロ | 16小節 | ドラム・ベース・エレピが中心。ボーカルが物語を語り出す |
| Bメロ | 8〜12小節 | テンションを高める橋渡し。コードの動きが増え、ストリングスが登場しはじめる |
| サビ | 16小節 | 全パートが揃い、ブラスやシンセリードが加わる。音圧が最も高くなる |
| 間奏・Cメロ | 8〜16小節 | ギターソロやキーボードソロが多い。感情のリセットポイント |
| アウトロ | 4〜8小節 | フェードアウトか、サビの繰り返しで終わることが多い |
ギターサウンドの位置づけ
90s J-POPにおけるギターは、主にリズムギターとアルペジオの2役を担います。ディストーションギターがサビで入る楽曲も多いですが、ロック系とは異なりあくまでアンサンブルの一部として機能しています。Cubaseでギターを打ち込みで再現する場合、アルペジオは16分音符単位で入力し、EQでは2kHz付近をわずかにブーストすると存在感が出ます。一方、リズムギター(カッティング)は6kHz以下を緩やかにローカットし、ブライトさを強調すると抜けが良くなります。
なお、DTM・作曲講座では、ギターのリアルな打ち込み手法についても個別に指導を行っています。ベロシティの細かい調整やアーティキュレーションの設定など、既存の解説書では触れにくい実践的なテクニックを学べます。
ミックスとマスタリングで「90年代の音圧感」を作る
現代のJ-POPやEDMと比べると、90年代の楽曲はダイナミクスの幅が比較的広く、過度なコンプレッションがかかっていません。ラウドネス戦争が本格化する前の時代ですので、LUFS値(統合ラウドネス)で言えば −14〜−10 LUFS 程度が多かったとされています。現代のストリーミング基準(−14 LUFS 前後)と近い値ですが、ピーク処理の考え方が異なります。
各パートのEQ処理の基本方針
- キック(バスドラム):60〜80Hzにパンチ感のある低域。4〜5kHzにアタック感を加える。
- スネア:200Hz付近の「胴鳴り」を残しつつ、5〜7kHzでスナッピーな高域を引き出す。
- ボーカル:300〜500Hz付近のこもりをわずかにカット。2〜4kHzのプレゼンス帯域をブーストして前に出す。
- ストリングス:200Hz以下をローカットし、7kHz以上も緩めにカット。帯域を絞ることでアンサンブルの中で埋もれずに機能する。
- シンセリード:1〜3kHz付近を軽くブーストしてカットスルーさせる。
リバーブとディレイの使い方
90s J-POPの空間処理には、やや長めのリバーブが特徴的に使われています。特にボーカルとスネアへのプレートリバーブ(残響時間 1.5〜2.5秒)は、あの時代らしい「奥行き感」を生み出す重要な要素です。現代のミックスではドライなサウンドが好まれる傾向がありますが、90s再現においては意識的にウェット感を多めに設定することが重要です。
ステレオ幅については、ストリングスやコーラスを左右いっぱい(L/R 100%)に広げ、ベースとキックはセンターに集中させます。この「低域はモノ、高域はステレオ」という原則は現代でも通用しますが、90年代の楽曲ではこのコントラストが特に顕著でした。
古賀 稔宏(ギター・ウクレレ・DTM(Cubase)・作曲技法・音楽理論 講師)より:
ミックスで私が現場でよく意識しているのは「リバーブをかけた後のモノチェック」です。ステレオ再生では広がりがきれいに聴こえていても、モノに折りたたんだ途端に位相干渉で音がぼやけることがあります。Cubaseならマスターバスにモノスイッチをアサインしておくと切り替えが楽です。90年代のサウンドを再現するときも、この確認を最後に必ずやるようにレッスンで伝えています。
ボーカルの録音・処理で「時代感」を加える
楽曲の雰囲気を最終的に決定づけるのはボーカルです。インストのアレンジがどれだけ90年代らしくても、ボーカルの処理が現代的すぎると違和感が生じます。
ボーカル録音の際のポイント
90年代のJ-POPボーカルは、現代のオートチューンを多用したスタイルとは対照的に、ピッチの揺らぎを活かした人間味のある歌い回しが特徴です。録音時のマイクはコンデンサーマイクが基本ですが、プリアンプはあまりクリーンすぎず、わずかな色づけがある機材のほうがキャラクターが出ます。
DAWでのピッチ補正はかける場合でも、補正量を最小限にとどめるのがポイントです。Cubaseの「VariAudio」機能を使う場合、ピッチ補正の強度(Pitch Quantize)は20〜40%程度に留めると、自然な揺らぎを残せます。
コーラスワークの重要性
90s J-POPにおけるコーラス(ハモリ)は、サビの感動を大きく左右する要素です。リードボーカルの3度上・3度下、あるいは5度上にユニゾンコーラスを重ねるパターンが頻出します。Cubaseでコーラスを手動で入力する場合は、リードボーカルのMIDIノートをそのままコピーして一括で音程を変換すると効率的です。また、コーラスにはリバーブを深めにかけ、リードより奥に定位させることで立体感が生まれます。
ボーカルの録音・表現についてもっと深く学びたい方は、ボーカル講座でも対応しています。歌唱技術とレコーディング技術を同時に向上させたい方にとって、講師との個別レッスンは効率的な学習方法です。
90s J-POP再現のためのDTM環境と必要機材
実際に制作を始めるにあたって、どの程度の環境を用意すればよいのか気になる方も多いでしょう。必要最低限の構成から、より本格的な環境まで、費用感とともに整理します。
スターターセットの目安
| 機材・ソフト | 具体的な例 | 価格目安 |
|---|---|---|
| DAWソフト | Cubase Elements / Artist | 9,000〜28,000円 |
| オーディオインターフェース | Focusrite Scarlett Solo / 2i2 | 10,000〜20,000円 |
| MIDIキーボード | Arturia MiniLab MkIII(25鍵) | 8,000〜12,000円 |
| モニターヘッドフォン | Sony MDR-7506 / Audio-Technica ATH-M40x | 8,000〜15,000円 |
| 音源プラグイン(ストリングス等) | KOMPLETE STARTERなど無料〜低価格音源 | 0〜20,000円 |
合計で 35,000〜75,000円 程度の予算があれば、90s J-POP風楽曲の制作を始められる環境が整います。より高品質なモニタースピーカーやコンデンサーマイクを加えると、録音クオリティが大幅に上がります。
90s J-POP再現に役立つ無料・低価格プラグイン
- Spitfire LABS(無料):ストリングス、ピアノ、合唱など高品位な音色を無料で利用できる。
- Surge XT(無料):90年代のシンセリードに近いSaw・Pulse波形を豊富に扱えるソフトシンセ。
- TAL-Chorus-LX(無料):Junoシリーズのコーラスエフェクトを模したプラグイン。パッドやエレピに重ねると一気に90年代感が出る。
- Valhalla Supermassive(無料):長めのリバーブ・ディレイを手軽に設定できる空間系プラグイン。
これらの無料プラグインを組み合わせるだけでも、90s J-POPサウンドの核心部分は十分に再現可能です。まずはDAWと基本的な音源を揃え、少しずつプラグインを追加していく進め方をおすすめします。
制作の流れと学習のロードマップ
実際に1曲を完成させるまでの流れと、各ステップにかかるおおよその時間を把握しておくと、制作のペースがつかみやすくなります。
初心者が1曲を完成させるまでの目安時間
| ステップ | 作業内容 | 目安時間 |
|---|---|---|
| ① コンセプト決め | テンポ・キー・コード進行の方針を固める | 1〜2時間 |
| ② デモ打ち込み | ドラム・ベース・コード楽器の骨格を作る | 3〜5時間 |
| ③ メロディ入力 | 鍵盤を弾きながらメロディラインを確定させる | 2〜4時間 |
| ④ フルアレンジ | ストリングス・ブラス・シンセを加え構成を完成させる | 5〜10時間 |
| ⑤ ミックス | EQ・コンプ・リバーブ・定位の調整 | 3〜8時間 |
| ⑥ マスタリング | 全体の音圧・音質の最終調整 | 1〜3時間 |
合計すると 15〜32時間 程度が1曲完成の目安です。初心者の方は作業に慣れるまで時間がかかるため、週末を使いながら1〜2ヶ月かけてじっくり進めるのが現実的です。
独学と講師レッスンの違い
DTM制作は独学でも進められますが、壁にぶつかったときの解決スピードが大きく変わります。特に「音がなんとなく安っぽい」「ミックスがまとまらない」といった問題は、原因の特定が難しく、独学では数週間悩み続けることも珍しくありません。経験豊富な講師に一度見てもらうだけで、問題の核心に気づけるケースが非常に多いです。
DTM・作曲講座では、Cubaseの操作から作曲・編曲の考え方、ミックスのコツまで、マンツーマンで学べます。自分の作りたいジャンル(今回のような90s J-POPも含め)に合わせたカリキュラムで進められるのが、スクールで学ぶ最大のメリットです。
コアミュージックスクールで90s J-POPサウンドを習得する
ここまで読んできて「実際に手を動かしてみたいけれど、最初の一歩が不安」と感じている方も多いかもしれません。そうした方にとって、プロ講師に直接見てもらえる環境は大きな助けになります。
コアミュージックスクールは、川口駅から徒歩2分の場所にあります。DTM・作曲・音楽理論・ギター・ウクレレ・ボーカルなど全9コースを展開しており、現役プロ講師によるマンツーマンレッスンが特徴です。
「90s J-POP風の楽曲を作ってみたいが、Cubaseの操作自体が初めて」という方でも、ゼロから丁寧に対応しています。コード進行の組み方から、シンセ音色の設定、ミックスのポイントまで、実際の楽曲を素材にしながら実践的に学べます。
まずは気軽に試してみたい方は、無料体験レッスンをご利用ください。実際の制作環境でレッスンを体験することで、自分に合った学び方が見えてきます。「あの時代のサウンドを自分の手で作り上げる」という目標に向けて、一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。



