「なんかこの曲、切ないのにかっこいい」「弦楽器が半音ずつ下がっていくあの感じ、どうやって作るの?」——DTMで曲を作り始めて少し経つと、そんな疑問が浮かんでくることがあります。その正体がクリシェ進行(Cliché Progression)です。
クリシェ進行とは、コードの根音や内声部(インナーボイス)が半音または全音で順次移動しながら、コード感は保ったまま変化していく手法です。一言で言えば、「コードは動いていないようで、実は声部の一音だけがなめらかに下降(または上昇)している」という技法です。ポップス・ロック・映画音楽・ゲームBGMと幅広いジャンルで愛用され、特に「エモさ」「切なさ」「高揚感」を生み出す道具として知られています。
この記事ではクリシェ進行の仕組みを理論面から整理しつつ、DAW(Cubase)でどう打ち込むか、どんな曲で活用されているか、さらに実際のレッスン現場から見た「失敗しやすいポイント」まで具体的に解説します。作曲初心者の方でも手を動かしながら読み進めていただけるよう構成しました。
クリシェ進行とは何か?仕組みを理解する
「声部の半音下降」が感動を生むしくみ
音楽理論では、複数の音が同時に鳴るとき、それぞれを「声部(ボイス)」と呼びます。クリシェ進行は、そのうちの一つの声部が半音(1セミトーン = 約100セント)ずつ下降していくことで、コード全体が変化しているように聴こえる現象です。
最も典型的なパターンはIのコード(例:Cメジャー)を起点にした下降です。
| 小節 | コード表記 | 変化する内声 | 音程 |
|---|---|---|---|
| 1 | C(CEG) | E(長3度) | → E(起点) |
| 2 | CM7(CEGB) | B(長7度) | → E♭へ半音下降 |
| 3 | C7(CEG♭B♭) | B♭(短7度) | → D へ全音下降 |
| 4 | C6(CEGA) | A(長6度) | → D♭へ半音下降 |
上の表はシンプル化した例ですが、要点は「ルート(C)を固定したまま、上の音が半音ずつ動く」ことでコードの色が変わっていく点です。これが弦楽器のオブリガートやシンセのパッドで鳴ると、じわじわと切なさが増す感覚が生まれます。
半音下降と全音下降の「エモさの違い」
半音下降(クロマチック下降)は特に緊張感・哀愁が強く、全音下降(ダイアトニック下降)はよりマイルドでポップスらしい流れになります。実際には両者を混在させることが多く、それがクリシェ進行の表情を豊かにしています。
- 半音下降(半音×連続):緊張感・哀愁・映画的なドラマ性
- 全音下降(ダイアトニック):流れるような自然さ・ポップス向き
- ミックス型:両者を組み合わせることで起伏を作る
有名曲で聴くクリシェ進行の実例
洋楽・邦楽での具体的な使用例
クリシェ進行は「名前は知らなくても耳で知っている」技法です。以下はよく取り上げられる代表例です(理論的な分析目的での言及)。
| 曲名 | アーティスト | 進行タイプ | 使用箇所 |
|---|---|---|---|
| Stairway to Heaven | Led Zeppelin | Am下降クリシェ | イントロギターアルペジオ |
| Michelle | The Beatles | 内声下降 | Aメロコード進行 |
| While My Guitar Gently Weeps | The Beatles | Am半音下降 | イントロ〜Aメロ |
| エレジー(哀歌)系バラード | 邦楽多数 | Im→IM7→I7→I6 | Aメロ・Cメロ |
「While My Guitar Gently Weeps」はAmから始まり Am→AM7→Am7→Am6 と内声が半音下降する典型例で、BPM約75・4/4拍子のゆったりしたテンポの中でギターが泣くような音色と相まって、独特の哀愁を作り出しています。このイントロを耳コピすると、クリシェ進行の感覚を一番早く体に入れられます。
ゲーム・アニメ音楽でも多用される理由
ゲームBGMやアニメの感動シーンでクリシェ進行が多用される背景には、「短い小節数で感情の変化を作れる」という実用的な理由があります。ループ再生が前提のBGMでは、8〜16小節で起承転結を作る必要があり、クリシェ進行はその中の4〜8小節で「じわっとくる感情の山」を作れる便利な技法です。テンポ110〜130 BPMのポップアップテンポのBGMでも、クリシェ部分だけ少しテンポ感を落として聴かせるアレンジも現場では使われます。
古賀 稔宏(ギター・ウクレレ・DTM(Cubase)・作曲技法・音楽理論 講師)より:
私が実際にレッスンで生徒さんにクリシェ進行を教えるとき、まず「While My Guitar Gently Weeps」のイントロを一緒に耳コピするところから始めます。Am→AM7→Am7→Am6 という内声の動きを自分の手で確認すると、理論の説明より先に「あ、音が半音ずつ下がってる」と体感でわかってもらえます。頭で覚えるより耳と指で覚えた方が、後のDAW入力でも迷いが少なくなるんです。
Cubaseでクリシェ進行を打ち込む手順
ピアノロールで内声を確認しながら入力する
DAWでクリシェ進行を打ち込む際に最初にやることは、「どの声部を動かすか決める」ことです。Cubaseのピアノロールを使う場合、以下の手順が効率的です。
- MIDIトラックを1本立て、ピアノロールを開く
- まず全声部を同じノート長(例:4分音符)で打ち込む(C, E, G を並べる)
- 動かしたい声部のノートだけを選択し、半音ずつ(1セミトーン = ピアノロール上の1マス分)下げていく
- コードの名前(C, CM7, C7, C6 など)をCubaseのコードトラックに表示して確認しながら進める
- 完成後、各コードのタイミングでベロシティをそろえる(目安:80〜100)
Cubase Pro 13では「コードアシスタント」機能がありますが、クリシェ進行のような内声移動は自動補完が難しく、手動でノートを動かす方が意図通りになります。QuantizeはデフォルトQ(1/4音符=960 ticks)のままで問題ありません。
音色選びで「エモさ」は大きく変わる
クリシェ進行は音色選びで印象が劇的に変わります。使用音源別の特性を下表にまとめました。
| 音源タイプ | 代表例 | クリシェとの相性 | ポイント |
|---|---|---|---|
| ストリングスパッド | BBCSO, Spitfire LABS | ◎ 非常に良い | レガートで弾くと半音下降が際立つ |
| ギターアルペジオ | 実機or Guitar Rig 7 | ◎ 非常に良い | 指弾きサウンドが感情移入しやすい |
| エレピ | NI Scarbee EP-88s | ○ 良い | ジャジーな哀愁感が出る |
| シンセパッド | Serum, Vital | ○ 良い | モジュレーションで動感を追加できる |
| ブラス系 | Cinematic Studio Brass | △ 条件付き | テンポとダイナミクスに注意 |
特にストリングスパッドを使う場合、リリースタイム(RT)を長め(1.5〜3秒程度)に設定することで声部が滑らかにつながり、クリシェ進行の「なめらかな悲しさ」が出やすくなります。逆にアタックが強すぎると半音の移動がアクセントとして際立ちすぎ、くどい印象になりがちです。
レイヤー構成とリバーブ設定の実践例
プロの現場でよく使われるレイヤー構成の一例です。
- トラック①:ストリングスパッド(Spitfire LABS Strings)—クリシェ内声のメインキャリア
- トラック②:ピアノ(Steinway等)—コードの輪郭を補う
- トラック③:シンセパッド(Vital)—広がりを出すためのロングトーン
- リバーブ:Verberate 2またはValhalla Room / Room Size 30〜50%、Dry/Wet 20〜35%
リバーブをかけすぎると半音下降のディテールが埋もれます。Dry/Wetは25%前後を基準に、実際に聴きながら調整するのがコツです。
クリシェ進行の理論的バリエーション
マイナーキーのクリシェ進行
Aマイナーキーを例にすると、最もポピュラーなパターンは以下のとおりです。
| 小節 | コード | ルート | 下降声部 |
|---|---|---|---|
| 1 | Am | A | A(起点) |
| 2 | AM7 | A | G#(長7度) |
| 3 | Am7 | A | G(短7度) |
| 4 | Am6 | A | F#(長6度) |
A→G#→G→F# と内声が半音→半音→半音と下降します。このパターンはマイナーキーの哀愁と「ため息をつくような」ムードを自然に生み出します。さらに進めてF(Dm/A)→E7 まで繋げると、強いドミナント解決に持ち込むこともでき、サビ前のためを演出できます。
メジャーキーのクリシェ進行
Cメジャーキーでのルート固定クリシェは次のとおりです。
- C → CM7 → C7 → C6
- 内声:E → E♭(=D#)→ D → D♭(=C#)
- 感情的な効果:明るさの中に少しずつ影が差す「切ない幸福感」
メジャークリシェはJ-POPのサビ後半やアウトロでよく使われます。「盛り上がったまま少しだけ落ち着かせる」効果があり、感情の着地点として機能します。
クリシェ進行を「発展させる」3つのテクニック
- ベースラインをカウンターメロディとして使う:内声が下降するとき、ベースは上昇させるとコントラストが生まれる(ペダルポイントの応用)
- リズムにシンコペーションを加える:クリシェの各コード変化点を8分音符半拍早めることで、現代的なグルーヴが出る
- クリシェをシーケンスモチーフとして転調に使う:C→Am→Fなど別コードに移ったとき、同じ下降パターンを繰り返すと統一感のある楽曲構成になる
古賀 稔宏(ギター・ウクレレ・DTM(Cubase)・作曲技法・音楽理論 講師)より:
私が現場でよくやる工夫は、クリシェ進行の内声下降とは逆方向にベースラインを動かすことです。たとえばルートをAで固定しつつ内声がA→G#→G→F#と下降するとき、ベースはA→B♭→Bと上昇させると、ぶつかるようで絶妙な緊張感が出ます。Cubaseのピアノロールで二つのトラックを同時に見ながら調整すると、音のクロスポイントがはっきり確認できるので非常に作業しやすいです。
実践!DTMでクリシェ進行を使った曲作りの流れ
16小節のデモを作る手順(所要時間の目安)
初めてクリシェ進行をDAWで試す方のための、16小節デモ制作の目安フローです。
| ステップ | 内容 | 所要時間目安 |
|---|---|---|
| ① | キー・テンポ決定(例:Amキー, BPM 80) | 5分 |
| ② | クリシェ進行の4小節をピアノロールに打ち込む | 15分 |
| ③ | ドラムパターンの作成(シンプルなハーフタイム) | 10分 |
| ④ | ベースライン追加(ルート固定またはカウンターライン) | 10分 |
| ⑤ | ストリングスパッドでクリシェをレイヤーに乗せ直す | 15分 |
| ⑥ | リバーブ・EQ調整(500Hz付近をわずかにカット) | 10分 |
| ⑦ | 16小節にコピー&貼り付け、変化部分を手直し | 10分 |
合計75分程度で16小節のデモが完成します。慣れれば①〜④を30〜40分に短縮できます。
よくある失敗と解決策
- 失敗①:全声部が動いて「クリシェ感」が薄れる
→ 解決策:ルートと5度音を固定し、動かす声部は必ず1つだけにする - 失敗②:半音下降が目立ちすぎてくどい
→ 解決策:クリシェの音量レベルを他の声部より2〜3dB低めに設定し、聴感上の前後感を調整する - 失敗③:コードが曖昧でどのキーにいるかわからなくなる
→ 解決策:Cubaseのコードトラックで常にコード名を表示しておく。AM7とA7の違いは1音の差(G#かGか)なので確認必須 - 失敗④:ベースが低すぎて音像が濁る
→ 解決策:ベースの最低音はE1(約41Hz)以上に設定。60Hz以下をハイパスフィルターで整える
クリシェ進行と他の技法の組み合わせ
ペダルポイントとの違いと使い分け
「ペダルポイント」はベース音(一般的にルート音)を固定し続ける技法で、クリシェ進行と混同されることがあります。両者の整理です。
| 技法 | 固定される声部 | 動く声部 | 効果 |
|---|---|---|---|
| クリシェ進行 | ルート(多くの場合) | 内声(中声部) | コード色の変化・哀愁 |
| ペダルポイント | ベース音 | 上声部全体 | 緊張感の持続・ドラマ性 |
実際の楽曲では両者を組み合わせることも多く、「ベースをペダルポイントとして固定しつつ、内声でクリシェをかける」という二重構造が非常に豊かな感情表現を生みます。
コードのセカンダリードミナントとの組み合わせ
クリシェ進行の途中でセカンダリードミナント(二次属和音)を挿入することで、感情の「山」を作れます。たとえばAm→AM7→Am7 まで来たときに、そのままAm6 に進まず E7(AmのドミナントであるV7)を挿入すると、次の解決先への期待感が高まります。このE7は「Am7→E7→Am」という解決フレーズとしても使え、クリシェの終着点に強い感情的決着を与えます。
クリシェ進行をさらに深めるには
作曲・編曲を体系的に学ぶことの重要性
クリシェ進行は「使えるテクニック」ですが、どこに配置するか・どの音色で鳴らすか・前後の進行とどうつなぐかは、音楽理論と編曲の知識が土台になります。独学で動画や記事を見て試してみても「なんか違う」と感じるのは、全体の構成感や声部の役割分担の理解が追いついていないケースが多いです。
コアミュージックスクールでは、DTM・作曲講座でCubaseを使った実践的な作曲・編曲技法を現役プロ講師がマンツーマンで指導しています。クリシェ進行のような内声移動の技法も、ピアノロールを見ながらリアルタイムで確認できるため、独学に比べて理解スピードが格段に上がります。
ギター・ウクレレでクリシェ進行を「弾いて覚える」
DTMで打ち込む前に、実際に楽器でクリシェ進行を弾いて耳に入れることも非常に有効です。ギターであればAm→AM7→Am7→Am6 のフォームはポジション移動が少なく、初心者でも30〜60分程度の練習で形になります。自分の指で弾いた音で「半音の動き」を体感することで、DAW入力のときに「どこに向かっているか」が直感的にわかるようになります。
コアミュージックスクールでは、ギター・ウクレレのレッスンも同じ講師が担当しており、「弾きながら理論も学べる」環境が整っています。作曲のためにギターを始めたい方にも対応しています。
また、歌詞にクリシェ進行の感情的な起伏を乗せたい方には、ボーカル講座も開講しています。コード進行に合わせたメロディラインの歌い方・表現方法についても、専門的な視点からアドバイスを受けることができます。
まとめ:クリシェ進行は「一音の動き」が感情を動かす
クリシェ進行の本質は、コード全体を変えるのではなく「たった一音を半音ずつ動かす」というシンプルさにあります。それだけで切なさ・哀愁・高揚感が生まれる——この事実は、音楽理論が「感情の設計図」であることをよく示しています。
重要ポイントをまとめます。
- クリシェ進行 = コードの内声が半音(または全音)で順次下降する技法
- 最典型パターン:Am→AM7→Am7→Am6(内声 A→G#→G→F#)
- Cubaseでの打ち込みは「動かす声部を1つだけ選ぶ」ことが最大のコツ
- 音色はストリングスパッドやギターアルペジオが特に相性良し
- ペダルポイントとの組み合わせで感情表現の幅がさらに広がる
- リバーブは Dry/Wet 25%前後を基準に、かけすぎ注意
クリシェ進行を自分の曲に取り入れ始めると、次第に「どの声部を・どのタイミングで・どんな音色で動かすか」という編曲の視点が身についてきます。それが作曲家としての表現の幅を広げる、最初の一歩になります。
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