はじめに:ミキシングの「やってはいけない」を知ることが上達の近道
DTMで楽曲を制作するとき、作曲やアレンジに比べてミキシングに苦手意識を持つ方は多いです。「なんとなくいじっているけど、良くなっているのかわからない」「プロの曲と比べるとモコモコしている」こういった悩みの多くは、ミキシングの「やってはいけないこと」を知らないために起こっています。
正しいミキシングを学ぶことも大切ですが、まず「やってはいけないこと」を排除するだけで、ミックスのクオリティは驚くほど改善します。この記事では、初心者〜中級者がやりがちな15のNG行為を取り上げ、それぞれの「なぜダメなのか」と「正しいやり方」を具体的なパラメータ設定付きで解説します。
NG 1:ハイパスフィルターを使っていない
なぜダメ?
ボーカル、ギター、シンセ、パーカッションなど、低域が本来不要なトラックにもマイク録音時のノイズや共振で不要な低域成分が含まれています。これらが蓄積すると、ミックス全体が「モコモコ」「ボワボワ」した不明瞭なサウンドになります。
正しいやり方
- ボーカル:80〜120Hz以下をカット(24dB/oct)
- アコースティックギター:80〜100Hz以下をカット
- エレキギター:100〜150Hz以下をカット
- シンセリード:200〜300Hz以下をカット
- ハイハット/シンバル:300〜500Hz以下をカット
例外:ベース、キック、808などの低域楽器にはハイパスをかけない(超低域の30Hz以下のみカット)。
NG 2:ソロで音作りしている
なぜダメ?
トラックをソロにしてEQやコンプを調整すると、そのトラック単体では良い音になっても、他の楽器と合わせたときにバランスが崩れることが多いです。ミキシングは「全体の中で各パートがどう聴こえるか」が全てです。
正しいやり方
- 基本的に全トラックを鳴らしたままEQやコンプを調整する
- ソロを使うのは「問題箇所の特定」のときだけ(ノイズの確認、共振周波数の発見など)
- 調整が終わったら必ず全体再生で確認する
NG 3:EQでブーストしすぎる
なぜダメ?
特定の帯域を大幅にブースト(+6dB以上)すると、不自然な音になり、位相の問題やヘッドルームの圧迫が起きます。
正しいやり方
- 「引き算のEQ」を基本にする:不要な帯域をカットすることで、相対的に必要な帯域が目立つ
- ブーストは+3dB以内に留める
- 大幅にブーストしないと良い音にならない場合は、音源の選び直しやマイキングの見直しを検討する
NG 4:コンプレッサーをかけすぎる
なぜダメ?
コンプレッサーを強くかけすぎると、ダイナミクス(音量の強弱)が失われて平坦な音になります。「パンチが出る」と感じてつい強くかけがちですが、やりすぎると楽曲の生命力が失われます。
正しいやり方
| パート | レシオ | 推奨GR | アタック | リリース |
|---|---|---|---|---|
| ボーカル | 2:1〜4:1 | 3〜6dB | 5〜15ms | 50〜100ms |
| ドラムバス | 2:1〜3:1 | 2〜4dB | 10〜30ms | 100〜200ms |
| ベース | 3:1〜5:1 | 3〜6dB | 10〜20ms | 100〜150ms |
| アコギ | 2:1〜3:1 | 2〜4dB | 15〜25ms | 80〜120ms |
| マスター | 1.5:1〜2:1 | 1〜3dB | 20〜30ms | auto |
NG 5:パンニングを活用していない
なぜダメ?
すべてのトラックをセンターに配置すると、音が団子になって各楽器が聴き分けられない状態になります。
正しいやり方
- センター:ボーカル、キック、スネア、ベース
- やや左右(L/R 20〜40%):ギター(LR振り分け)、キーボード
- 広め(L/R 50〜80%):パーカッション、コーラス、パッド
- 大きく左右(L/R 80〜100%):ダブルのギター、ステレオシンセ
NG 6:リバーブを直挿ししている
なぜダメ?
各トラックに個別にリバーブを挿すと、それぞれが異なる空間にいるように聴こえ、統一感がなくなります。またCPU負荷も無駄に増えます。
正しいやり方
- リバーブはセンド/リターントラック(AUXバス)に配置する
- Short Reverb(プレート系)とLong Reverb(ホール系)の2種類を用意する
- 各トラックからセンド量を調整して、同じ空間にいる統一感を出す
NG 7:ヘッドルームを確保していない
なぜダメ?
マスターバスが0dBFSに張り付いている状態でプラグインを追加すると、クリッピング(音割れ)が発生します。マスタリングの余地もなくなります。
正しいやり方
- ミックス時のマスターピークは-6dBFS〜-3dBFSに収める
- 各フェーダーを下げてバランスを取る(上げるのではなく下げる)
- トラック数が多い場合はバスでまとめてレベル管理する
NG 8:リファレンス曲を使っていない
なぜダメ?
自分の曲だけを聴き続けていると、耳が慣れて客観的な判断ができなくなります(イヤーファティーグ)。
正しいやり方
- 同じジャンルのプロの楽曲を2〜3曲、DAWに読み込んでおく
- 30分に1回はリファレンスに切り替えて帯域バランスを比較する
- プラグイン(Reference 2、ADPTR Metricなど)を使うと便利
NG 9:モニター音量が大きすぎる
なぜダメ?
大音量で作業するとすべてが良く聴こえてしまい、問題点を見逃します。さらに長時間作業で聴覚疲労が蓄積し、判断力が低下します。
正しいやり方
- 会話ができる程度の音量(75〜85dB SPL)で作業する
- 小さい音量でもバランスが取れているか確認する
- たまにスマホやイヤホンでチェックする(リスナーの環境を再現)
NG 10:位相の問題を無視している
なぜダメ?
ステレオ録音やマルチマイク録音では、位相のズレが音の打ち消し合い(キャンセレーション)を引き起こします。低域が痩せたり、モノ再生時に音が消えたりする原因になります。
正しいやり方
- マルチマイク録音では位相を確認する(相関メーターを使用)
- モノ切り替えでミックスをチェックする習慣をつける
- ベースやキックなど低域パートは必ずモノ互換性を確認
NG 11:オートメーションを使っていない
なぜダメ?
楽曲の展開に応じてバランスが変わるのは自然なことです。静的なフェーダー設定では、セクションによってボーカルが埋もれたり、楽器が突出したりします。
正しいやり方
- ボーカルのフェーダーオートメーションは必須(サビとAメロで2〜3dBの差をつける)
- リバーブのセンド量をセクションごとに変える(サビで増やすなど)
- 楽器の出入りにフェードイン/アウトを使う
NG 12:ローエンドの処理が甘い
なぜダメ?
低域(200Hz以下)はミキシングで最も問題が起きやすい帯域です。キック、ベース、808、シンセパッドなどが重なると、低域が飽和して全体がぼやけます。
正しいやり方
- キックとベースのどちらが低域を担当するか決める
- サイドチェインコンプレッサーでキックが鳴る瞬間にベースを引っ込める
- EQで棲み分け:キックは50〜80Hz、ベースは80〜150Hzを中心にする
NG 13:マスターに処理を盛りすぎる
なぜダメ?
マスターバスに大量のプラグインを挿して「最後になんとかしよう」とするのは、ミックスの問題をマスタリングで解決しようとする発想であり、うまくいきません。
正しいやり方
- 問題があれば個別トラックで解決する
- マスターは最小限の処理(EQ微調整、軽いコンプ、リミッター)に留める
- マスタリングは別工程として行う(ミックスバウンス後に改めて処理する)
NG 14:休憩を取らない
なぜダメ?
長時間の連続作業は聴覚疲労(イヤーファティーグ)を引き起こし、判断力が著しく低下します。「もう少しだけ」と粘った結果、翌日聴き直すと酷いミックスになっていた、という経験は多くのDTMerに共通しています。
正しいやり方
- 45〜60分作業したら10〜15分休憩する
- 休憩中は静かな環境で耳を休める
- 最終判断は翌日のフレッシュな耳で行う
NG 15:モノラル環境でチェックしていない
なぜダメ?
スマートフォンのスピーカー、店舗のBGMシステム、SNSの動画再生など、リスナーの多くはモノラルまたはそれに近い環境で音楽を聴いています。ステレオでは良く聴こえるミックスがモノラルで破綻するケースは珍しくありません。
正しいやり方
- DAWのマスターにモノラルボタン(ユーティリティプラグイン等)を用意する
- ミックスの最終チェックでモノラル再生を必ず行う
- モノラルで音量が大きく変わるパートがあれば位相を確認する
ミキシングチェックリスト
最終確認用のチェックリストです。ミックスが完成したと思ったら、以下を順番に確認してください。
| チェック項目 | 確認方法 | OK基準 |
|---|---|---|
| ヘッドルーム | マスターピークメーター | -6〜-3dBFS |
| モノラル互換性 | モノ切替で聴く | 音が消えるパートがない |
| 低域バランス | スペクトラムアナライザー | キックとベースが分離している |
| ボーカルの聴こえ | 小音量で再生 | 歌詞が聴き取れる |
| リファレンス比較 | A/B切り替え | 帯域バランスが大きく離れていない |
| クリッピング | 各トラックのメーター | 赤いクリップインジケーターが点灯しない |
| 不要ノイズ | ソロで各トラック確認 | ブレスノイズ、クリック音等が許容範囲 |
| 複数環境チェック | スマホ、イヤホン、車 | どの環境でもバランスが大きく崩れない |
講師からのアドバイス
DTM・作曲講師
ミキシングは「正解がわからない」から難しく感じるのですが、「やってはいけないこと」を排除するだけで一気にクオリティが上がります。特にNG1(ハイパスフィルター)とNG2(ソロで音作りしない)は、今日から意識するだけで効果を実感できるはずです。ミキシングの判断力は経験で磨かれるので、完璧を目指さず「前回より少し良くなった」を積み重ねていきましょう。レッスンでは生徒さんの楽曲を一緒にミキシングしながら、実践的なテクニックをお伝えしています。




